女子中学生誘拐完全手引き(Remix)

これは何

数年前の八月、長野県の大学生が女子中学生をレイプしかけた。失敗の後、彼はトラックにひかれた。それから、信州大学の性的奔放さがなじられたり、静岡の実家が特定されたりした。信州大学生一般の性的奔放さはもっとなじられてしかるべきだったが、実家を特定するのは明らかにやりすぎだった。ロリコンが異世界に転生する話も出た。そして全部が忘れられた。要するにいつも通りの犯罪だった。

私はこの大学生の家族に連絡を取った。いくつかの形式的なやりとりと金銭の授受の後、資料の持ち出し、複写、そして直接的な利用をしない限りにおいて、私は彼の残した日記や写真、Webブラウザ(Google chrome)の履歴を閲覧する許可を得た。

とはいえ、彼の残していったものはそれほど多いとは言いがたかったし、ユニークさについても同じだった。子供をレイプしかけたくらいで特別になれるわけではない。斧で老婆を殺すのと同じことだ。ただ、彼は実家においてあったウェイクを使っていて、それのドライブレコーダー(マイク付き)は、実行前後の数時間を録画していた。これにはいくつか興味深い点があった。以下に続く文章は、その記録とは特に関係のない文章である。

一応言っておくが、これは完全に虚偽であり、現実の物事とは一切関係を持たない。私は加害者の家族に連絡など取っていない。このようなニュースがあったかですら、私にはもう断言しにくい。しかしもちろん、あまりに当然のことだが、ここで述べられる下劣さは端的に私に帰せられるべきものである。


本文

武田通りを上がったところ、北東中学校の校門の前に車を停める。時刻は六時ちょうど、雨が降り始めている。戸締まりを終えた女生徒が走ってくる。校門をよじ登って外に出る。髪の短い女。雨をその手のひらで防げると思っている。裸の女はどれも同じに見えるが、服を着た女はどれも違って見える。地図は領土より興味深い。

車のドアを開ける。土埃と雨の匂いがする。傘は差さない。彼女に近づく。会話はしない。女の胸を殴った。体が揺れる。もう一度胸を殴る。中学生が動かなくなる。黄色いマニラファイルが落ちる。丸だけが書かれた点検表が散らばる。首元に汗がたまっている。雨がそれらをみんな流していく。車へ体を運ぶ。結束バンドで縛った。手首は細すぎるみたいに思えた。誰かに見られているわけがなかった。車を雨がたたく。雷が光って、それから音が訪れる。全てがひどくなりつつある。

半袖のセーラー服には名札がついていた。『III-II 佐武』。スナップボタンごともぎ取って捨てる。夜の空気に溶けていく。分厚い雲の向こう、紺色の布地が宇宙ににじみ、名前を綴った金色の糸が金星の光になる。オリオンによろしく。時間があったらでいいから。

アクセルを踏んだ。滑らかにウェイクが動き始める。ガソリンは空になりつつある。もう助からないぞ。ラジオがくだらない番組を流す。私たちそれぞれの身の周りにある困りごとから、明日を明るくするヒントを研究するラボ、Tomoラボをお送りしています。中学生を殴って後部座席に積んでいます。どうすれば明るくなれますか? 藤原しおりは何も答えなかった。救えるものだけを救え。燃えるような限りある恋をしよう。

西に進んでいく。上積翠寺を越える。道路に雨水が川のようにあふれている。くたばりかけた老人が田んぼで何かに何かをしている。本人も何をしているか分かっていないはずだ。誰もいない廃屋にレギュラーガソリンが尽きかけた車を停める。表札が腐り落ちている。鍵は壊れている。ぶよぶよする畳の上に獲物を置いた。女の目は開いている。こちらを見てはいる。目の間が広すぎる気がした。黒いカビが酸素と、白いカビが窒素とともに渦巻いていく。すべてが定められた反応で進んでいる。気温がどんどん下がっていく。雨の音がする。重ねられたトタンに水が弾ける。雷の音がする。

転がっている体を左右に転がす。耳にピアスの穴は開いていない。丈の短くなった上着を開ける。黒いキャミソールから、肌とシーブリーズのパチモノのせっけんの臭いがした。短く折っていないスカートは何か奇妙な機構になっていた。肩の方へと伸びている紐をちぎって、金具を鍵でこじ開けた。折れた金属の破片が音もなく落ちた。申し訳ないことをしたと思った。後で弁償する、と小さく謝った。太ももの産毛が汗に濡れている。剃刀を知らない肌。

立ち上がって体を眺望した。スマートフォンを取り出して、何枚か写真を撮った。犯罪者がエクスタシーを感じる場所はおおむね二つに限られている。一つ目は被害者の記録をとるとき、二つ目は国家権力により捕縛されるとき。何の感動も巻き起こらなかった。自分の行動はカーゴ・カルトに似ていると感じていた。通知が来る。あなたに一件のメッセージが来ています。本気の恋愛ならTruLuv。みう(28)から短いが妥当な連絡が来ていた。一階堂さん よろしくお願いします 本が好きなんですね 私もです 何読むんですか?

読んだ本をただの一冊も思い出せなかった。それはあまり重要ではないように思えた。なんと返せばよいか分からなかったが、なんと返してもいい気もした。

>>『推し、燃ゆ』を読みました。

一瞬で返事が返ってくる。

<<いいですよね! 私も読みました。テンポいいですよね。私は谷川俊太郎が好きです。

>>朝のリレーとかですか?

<<好きです! 地球は丸いって気がします!笑


地球平面論者は正しい。地球は大きな円盤になっている。何百人かは中心で生き、数万人は辺縁で生活し、そして莫大な残りは世界と向こう側との瀬戸際で食らいついている。なんとか踏ん張っている。ときに希望を持ったり、夢を見たり、計画を立てたり、怒ったり泣いたり、酒に助けられたり愛に酔ったりする。しかし、そのうちやがて、世界には手を加えるところも体を隠すくぼみも残っていないことに気がつく。そして水盆からこぼれ落ちていく。何も残さずに消える。無の死の無。


畳の上に転がっている半裸の女を撮り、みう(28)へと送信した。既読マークがついた。不幸をまき散らしている認識はあった。死ぬなら一人で死ね、という言葉には微かな正当性を認めるが、悪行は――一応いえば、善行も――一人ではできないことだった。

オレンジ色の下着に手をかける。垢のたまったへそに汗が落ちる。上半身も見ておくべきだったのかもしれないと思った。少なくとも、若い女の乳首の一つや二つでも見れば、性的衝動が巻き起こるかもしれなかった。そして性的衝動は、最低でも燃料付きの乗り物として使うことができた。全てを任せることができた。服従することができた。何も考えずに済むことができた。

下着の奥からは強い酸のにおいがした。耐えられない吐き気がやってきて、(定義により耐えられないために)胃の中のものを畳に吐いてしまう。部屋がぱっと照らされて、ほとんど間を置かずに乾いた雷の音が二つの体を震わせる。女が弾かれたように後ずさった。半透明の結束バンドがちぎれる。奇妙な沈黙が流れた。


おたがい一二歩進んでから振り返った、愛は決闘だから。これが最後とばかりに見つめあった。

Jack Kerouac, On the road, 1958 (ジャック・ケルアック 青山南訳(2010)オン・ザ・ロード 河出書房新社 第六版 163ページ)


少女が納屋から出ていく。口からゲロの残りを吐き捨てて、その後を追いかけた。彼女はしばらく歩いていたが、やがて走り出した。こちらを振り返ることはない。それは残念なことだったが、彼女の門出を――とにかく門出ではある――祝う気持ちもあった。涙を乾かせば、おそらく君にもかちかちのペニスとか莫大な貨幣とかがやってくるだろう。彼女の向こう、雨と雲の向こう、夜の裏側に太陽が存在し、地球が回って、また水素のすさまじい核融合に出会うことになる。雨は雨で、電柱は電柱で、とにかく全てがまともに機能しているように見えた。そして実際にそうなのだと受け入れることもできた。


一時間ほど待っても、誰も様子を見に来る気配はなかった。

雨が強く降っている。水の粒が当たるたび、服や顔が少しずつ溶けて流れていく妄想に浸った。まずは髪の毛がなくなり、靴が消え去り、太ももが見えなくなると、そこからは何かこう、温かいお湯の中の氷が溶けていくみたいに、突然に縮んでいき、その水が廃屋を横切って、もはや何も住まなくなった犬小屋を横切り、そのまま犬走りを直角に横切って、錆びついた門をくぐって酸化した鉄分とともに道路へと流れていくと、それをトラックがはねて駆け抜け、ガードレールがゆがみ、粘り気のある赤に染まり、そしてそれも流されていく。誰も気がつくことはあるまい。あなたもそう思うはずだ。そしてそれは全て実際に起こることでもある。


地球上の水は、海水や河川の水として常に同じ場所に留まっているのではなく、太陽のエネルギーによって海水や地表面の水が蒸発し、上空で雲になり、やがて雨や雪になって地表面に降り、それが次第に集まり川となって海に至るというように、絶えず循環しています。

この水循環によって塩分を含む海水も蒸発する際に淡水化され、私たちが利用可能な淡水資源が常に作り出されていることになります。このため、持続的に使うことができる水の量は、ある瞬間に河川や湖沼等の水として存在する淡水の量ではなく、絶えず「循環する水」の一部ということになり、この水循環を健全に保つことが持続的な社会を築く上で極めて重要になります。

内閣官房水循環政策本部事務局, 水循環とは!?, https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mizu_junkan/about/index.html, 2021/10/23アクセス


あとがき

村上春樹がまだ子供だったころ、彼は『駄目になった王国』という作品を書いた。『カンガルー日和』に収録されている。要約すると「昔は調子よかった男がクソザコになっていて草」という話だ。おい、春樹、卵の側に立ってみろよ笑。もちろん、村上春樹をボロクソにこき下ろすのは私の目的ではない。義務感に駆られてやったまでだ。私は悪くない。すまなかった。カネなら出す。株券もやる。妻も好きにしていい。娘もつける。

話が逸れた。こういう種類のクソザコは本当に多く、諸君らも記憶を深掘りすれば一人や二人は出てくるだろう(記憶を深掘りするときは医師のアドバイスのもと、安全に注意して行ってください)。私もある。彼女の名字は三回か四回変わっているので、すでに思い出せない。チー子と呼ばれていたが、名前にチが入っていたからだろう。痴女だからチー子という訳ではないようだった。痴女ではあったのだが。

彼女は美人ではなかった。厳密に言えば、8歳から26歳までの間、私にとって彼女は美人ではなかった。木の枝を一本持ってきて、先端に蛇の頭を突き刺せば、それでもうチー子にそっくりに見えた。今後、木のサイズを変えたり、蛇の種類を変えたりすることで加齢によるチー子の変化を表現しよう。


もちろん、話の流れから予想されるとおり、すでに彼女はクソザコになっている。私にはどうすることもできない。まあ残りの人生50年間を子育てでもして穏やかに過ごしてくれ。死ぬなら速やかに苦しまずに死ね。以上。この話はこれで終わりだ。一方で、できれば諸君にも、彼女がクソザコになるということがどういうことなのか、深く理解してもらいたいと私は思っている。

4つくらいエピソードを話せば、きっとチー子がどういう人間なのか分かってもらえるはずだ。


一つ目のエピソード

チー子が南天の枝にカナヘビの頭を刺したものにそっくりだったとき、私たちは8歳だった。一応いっておけば、カナヘビは蛇ではない。彼女は山形か秋田からの転校生だった。教卓の横に立った彼女は教室を睥睨した。彼女は星形にウォッシュ加工されたジーンズを履いて、肩が全部見えるくらい短い紺色のTシャツを着ていた。そして担任(後に『不祥事』を起こし、神戸の音楽教育大学へと経歴洗浄に赴く)を見た。今日からよろしくお願いします。薄いカーテンを朝の光が貫いて、彼女の腕を穏やかに照らした。産毛が金色に輝いて彼女を覆っていた。

二ヶ月後、すでにチー子は校内における完全な自由を手に入れていた。換言すれば、彼女は授業中に平然と外に出たし、体育の授業を無許可でサボることが可能になっていた。ウサギ小屋の掃除をしていることが多かったが、それは義務ではなく趣味だった。にもかかわらず、彼女を叱る大人は誰もいなかった。

ネタばらしをすれば、女体の価値と需給のバランスを彼女は十全に利用した、ということだ。もう少しざっくばらんにいえば、校長と担任がロリコンで、チー子はエロテクを使って彼らを手懐けた(もしくは、より一層ありそうな陰湿な真実としては、手懐けられた)。私たちが「えっちらおっちらはエッチかどうか」と喜んでいるときには、すでに臀部を撮らせていたし、「弘法筆を選ばず(淫乱和尚)」とか「弘法にも筆の誤り(淫乱失敗)」と言っていたときには口淫をしていた。

これは確証されたことでもあった。田之口(実名)が「チー子さあ、眉毛(担任)と何してんだよ」と聞いたとき、彼女は率直に「エロいことだけど」と答えた。口を開けて、舌を上下左右に動かし、にっこりと笑った。田之口はそれで精通したと思う。私がそうだからだ。付言すれば、彼女は笑うのを我慢するとき、舌を出して噛む癖があった。我々はチー子を何とか笑わせようとし、彼女は薄く、ピンク色の、太陽の光をきらきらと反射する舌を出して噛むのだった。今思えば、我々もチー子に手懐けられていた。もしくは、私たちも彼女を手懐けたということなのだろうか? 承認と自由という貨幣によって。今になっては分からないことだ。


二つ目のエピソード。

チー子がつばきの枝にヤマカガシを刺したものにそっくりだったとき、私たちは十七歳だった。山梨において、中学校は選択肢がなく、高校は近くの三つか四つの中から選ぶものだった。チー子は推薦で私と同じ北高校に入った。彼女は相変わらず自由にしていた。制服を改造していた。全校集会は車椅子の少年の横にパイプ椅子を置いて座っていた(一般人は体育座りだった)。五階の進路指導室を根城にしたらしかった。

私はチー子と接点(tとする)をほとんど失っていた。盗み聞きする噂が私の情報源で、それはどれも同じくらい本当らしかった。チー子が剣道部主将とトイレでセックスするのも、ベネッセの営業と進路指導室で寝るのも、それほどとっぴなことには思えなかった。何にせよ、毎日チー子で自慰行為をしていた私にとっては、別に悪い情報でもなかった。深田えいみがいい例だが、自慰行為において重要なのは、オナネタがどのくらい痴女らしいかということに尽きる。レターパックで現金送れと純愛和姦は全部ウソ。

時折、tは存在した。日本語で言えば、我々は同じ電車で帰ることがあった。私の住む地域から北高に行ったのは私とチー子しかおらず、身延線は収益を度外視した運行をしていたので、私たちしか車内にいないこともあった。

今、この電車内で起きたことについて、思い出せるのは二つだけだ。

一つ、彼女は緑色のスライド式ケータイを使っていた。

二つ、どうやってカレシを作るかという話になった。チー子は(私ではなく)電車のドアを人差し指で二回叩いた。そして「胸を二回叩く」と言った。夕日が遠くからチー子のブラウスの胸元に差し込んで、彼女の薄い体を舐め、水色のブラジャーのむこう、二の腕あたりまでを紺色とオレンジで塗り分けた。私はそれを完璧に頭にたたき込んだ。二回? は? 何の話ですか? そして私は家に帰って、まだ暖かい思い出で抜いた。というか、それから毎日、このヴィジョンがすり切れて陳腐なアニメと混ざってしまうまで私は抜いた。先ほどシマウマが闖入したが、これは偶発的な出来事だ。気にしないでほしい。

それから高校を卒業して、私は東京の大学に行った。


三つ目の話。

私は20歳だった。私は彼女ができて、彼女の突発的な生理に対応するためにドラッグストアに行き、大量の生理用品に圧倒され、色々あってフラれ、そして「女ってあんまりいいもんじゃないよ」というポスト童貞にありがちな性格になった。成人式に出て、二次会に出て、酒を飲み、「女はカス」と言っていた。担任(眉毛)が教え子に手を出し(正確に言えば、教え子の体の一部に手の指を差し込み)クビになったと聞いた。男の方がカス。

チー子の話を旧友から聞いた。自民党の選挙カーに乗っていると誰かが言った。松濤にあるラウンジに出入りしていると誰かが付け足した。なんとかとかいう中国美術の仲介事務所でバイトをしていると誰かが加えた。インスタグラムもそういう感じらしかった。誰もが、どこかに批難の色をつけてチー子の話をしていた。

二次会が謎の拍手で終了した直後、シンプルにスケベな女が話しかけてきた。さるすべりの枝にヤマカガシを刺したものにそっくりだった。チー子じゃん。よくわかったね。おまえで何回抜いたと思ってんだ、と言おうとしてやめた。彼女は化粧をしているようには見えなかった。体は薄いままだった。子供をy方向に拡大したみたいだった。それが早すぎた性交のせいなのか、彼女の 努力 ( コナトゥス ) なのかは分からなかった。我々はファミマで飲み物を買った。スガシカオの「バクダン・ジュース」が流れていた。甲府駅の駅構内に置いてあるベンチに座った。二、三人、ホームレスが凍えていたと思う。

私たちはしょうもない話をした。それはカノジョが悪いよとか、ニコニコしてるだけでおじさんが優しくしてくれるとか、そういう手の話をした。なんでわざわざ山梨まで来たのかと聞いたら、「そりゃあんたに会うためだけど」と言った。続けて、こういうものは信じておく方がいい、とも言ってきた。

あんたはまだ小説みたいなのやってるのか、とチー子は聞いてきた。私は高校生のとき、何かそれらしいものを書いて、何か賞をもらっていた。書いている、と私は答えた。誰も読んでくれないけどね、と続けた。日本の才能はマンガに集中している、とも付け加えた。チー子は「自分の才能のなさに向きあわないのはバカ」と直球の罵倒をよこした。殺すぞと思った。

別れるとき、彼女は私に住所を聞いた。足立区の住所を教えた。しばらくたって、私のところにレターパックが届いた。中には村上春樹の『アフターダーク』が入っていた。ポラロイドで撮られたチー子の写真も入っていた。「こんなのよろしく」と大人しい字で書いてあった。しょうもない地下アイドルの写真に少し似ていた。そのことに気がついて、私は写真だけ捨てた。

それから、本は何回かとどいた。国際郵便が届き、中にはチー子が(中央アメリカ系の)軍人と並んでいる写真が入っていることもあった。そのときは『嵐が丘』が入っていた。

やがて、それはぱったりと止んだ。飽きたんだろうと思った。


四つ目。

これは最近の話だ。25歳で、私は三人目の彼女と同棲をしていた。突然、チー子が電話を掛けてきた。小説が受賞しかけたって誰かから聞いたよ。自己検閲をたくさんしたからね、と私は答えた。数分後、私は家を出て恵比寿に向かっていた。もう九時だった。同棲相手は家にいなかった。彼女が別の男に浮気をしているのは何となく分かっていた。月は見えなかったと思う。

こっそり営業しているカフェをチー子は知っていた。久しぶりに会った彼女は、世界樹の枝にヨルムンガンドを刺したものにそっくりだった。流石に盛った。彼女は昔のように笑ったし、10時だというのにパフェを頼んだし、ペーパーナプキンを細く裂いてはコップに貼り付けて遊んでいたが、どこかむなしいところがあった。彼女の肩に現れたしみや、まぶたの上の薄い脂肪、不均一な色の手のひらが妙に気になった。私たちはもっぱら昔の話をした。

11時半くらいに私たちはカフェを出た。チー子は行ける場所をたくさん知っていた。クラブっていったことある? と彼女はスマホを見ながら聞いた。彼女は少し汗をかいていた。私の知る限り、それは初めてのことだった。

こみ入った路地裏を抜けると、英語とフランス語とドイツ語のちゃんぽんみたいなクラブがあった。名前ではなかった。入場料はただにしてもらえたけど、お酒は払ってね、とチー子は言った。お前は入らないのかよ。彼女は口を閉じてニコニコ笑った。ちょっと用事があるから。二時間したら出てきて。私のバッグの中身を半グレの警備員がチェックして、私は半ば自動的になんか妙に青いクラブに押し込められた。

クラブは本当になんか妙に青かった。音響がおかしいせいか、場所によって音の大きさがずいぶん違った。私はできるだけ静かなところを選び、青い壁を見ながらスクリュードライバーを何杯か飲んだ。セックスにあぶれた女が隣に座った。誰と飲んでいるのか聞いてきた。壁と飲んでいると答えた。自分が少しおかしくなっていることに気がついた。

きっかり二時間後にクラブを出た。終電はなくなっていた。街灯の下で本を読んでいたら、チー子がやってきた。彼女はさっきとは別のストッキングをはいていた。強いビル風が吹いて、木の葉が彼女の顔にぶつかった。彼女はうずくまって、それから立ち上がった。チー子はもう、木の枝に蛇の頭を刺したもののようには見えなかった。彼女は風下の方を見た。黙って聞いてほしいんだけど。

「子供の時、人生は小説みたいになるって思ってた」とチー子は言った。それから「山梨に帰ろうと思ってる」と言い、最後に「50人とお見合いしようと思ってる。最初の18人を断ればいいんだよね」と言った。私は色々と言いたいことがあったが、頑張れとかまた会おうとか機会があれば飲もうとかインスタグラムをフォローしておくよとかそういう事を言った。それらの言葉を私はまったく信じることができなかった。たぶん、チー子に会うことは二度とないだろうと思った。

ジャケット貸してくれない、とチー子は言った。私は渡した。彼女は腕を通して、「ありがとね」とどこか別の場所につぶやいた。もうどこも寒すぎるみたいだしさ。そして「あんた、立派になれるといいね」とまた私ではない誰かに言った。そして道路に向かって腕を上げた。


Taxi!

Truman Capote, Breakfast at Tiffany's, Penguin Classics, 1958, p.79


結局、同棲していた彼女にはフラれた。私は足立区の住みよい1Kに戻った。洗濯機は買わなかった。損益分岐点はだいたい6ヶ月後くらいだったから、それまでにもう一度だれかを見つけないとな、と思った。


何ヶ月かして、チー子のインスタグラムが更新された。白い服を着て、誰かと一緒に映っていた。結婚したと書いてあった。コメ欄(コメント欄)に「すご!笑 どういう人?」と書いてあった。チー子はファナックに勤めている人だと返信していた。ファナック。

チー子の写真をダウンロードして、OneDrive経由でパソコンに取り込んだ。Ctrl+cの後にCtrl+vを押し続けたら、デスクトップが幸せだらけになって草。私はそれを全部まとめてゴミ箱に突っ込んだ。デスクトップにゴミ箱しかなくて草。


亡命作家として、ウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ・ナボコフは祖国というテーマを抱えていた。靴の裏にこびりついた土は、アメリカを祖国のように感じさせるのに十分なのだろうか?


戦争経験者として、カート・ヴォネガット・ジュニアは虐殺というテーマを抱えていた。ある臨界を超えた悲惨さは、滑稽さに逆接続されるというテーゼも持っていた。


私とチー子の人生について、いえることは少なくとも二つある。惨めではなかったということ、特筆するべきテーマがないということだ。結局のところ、私たちはこれを受け入れることになった。それは人生をもっと乗りこなしやすいものにするはずだった。


計画らしい計画もなかった。インターネットで調べると、北東中学校の授業時間割と部活動終了時間が書かれたエクセルファイルが出てきた。セル結合がされていたのはとにかく遺憾の一言に尽きたが、何にせよそれは指針を与えてくれた。ニッポンレンタカーでウェイクを借りた。友人と釣りに行くんです。そして私は出発した。

武田通りを上がったところ、北東中学校の校門の前に車を停める。六時になったばかりだ。胸を殴るときは二回だ、と私は思い出している。遠くから子供が歩いてくる。チー子に少し似ているみたいな気がする。それが女に見えるようになるまで、私はしばらく待っていた。そしてやがてそれはそう見えるようになる。ドアを開けて、彼女に近づく。何かが起こらないかと私は待っている。雨が降り出している。


あとがき2

  1. 『閃光のハサウェイ』を見た。ギギ・アンダルシアと結婚することに決めた。理由はエロいからだ。指がたまらん。トァンはさ、焼肉のとき、焼く用のトングと取り分け用のトング、混ぜて使ったことってある?
  2. ツイで自我検索(エゴ・サーチ)したところ、イラスト化を発見した。これはうれしい。キスハグキスハグキスハグ@Kakinchu_lol