想像上の友人についていくつか

日記

 飲み会を二日連続で行った。頭の中がすかすかになる。ワーキングメモリーがほとんどなくなる。映画でさえ見てられない。考えがばらばらになっている。
 今日はエホバの証人が来なかった。ついに私も見捨てられたということだろうか? それはそれで、合理的なことだと、私は思う。
 二十五歳以下の若者にはありがちなことであるが、この世の、あらゆる問題に対する、完璧な解を与えられると、私も思っていて、全ての言葉が、ふくよかな銀髪をたたえた老人どもがどえらく構築しやがった蒙昧に対する、最終通告になると勘違いしているのだが、要するに、時間には限りがあるということだ。もう一年近くも、ヘラヘラ笑っているだけのやつを勧誘することで、彼らの地位が、彼らのコミュニティの中で上がるとは、考えにくい。
 なんでもいいか。

 これからするのは作り話だが、私の友人(サタケとしておこう)の友人は、イマジーナリーフレンドを 本当に 作れるらしかった。つまり、それはもはや、 触れる までになるという。サタケが私にそう言ってきた。「今日の分のお薬を飲んでいないんじゃないのか」と私は思った。
「一つ持ってたよ」とまでサタケは言ったものだった。
 ところで、サタケは長野県の出身だった。したがって、想像上の友人を作ることができるやつも、長野県に住んでいたということになる。長野県は人間にとって生息可能ではないと、私は認識していたので、まずその事に私は驚いた。そんなことはどうでもいい。
 サタケはこれに関する一部始終を、サタケの実家の二階で説明してくれた。小さな畳敷きの部屋だった。夏だったはずだ。チューペットの水滴が僕たちの腕の上で乾いていった。窓のさんには埃が溜まっていた。その日のことを少し話そうと私は思う。あなたはそれを聞くだろう。何が聞きたいだろうか?

「まず名前を決めるわけ」
 とサタケはチューペットを膝で割って、おれに片方くれた。先端の 握り にギザギザの刻印がしてあるほうだった。こちらのほうが価値があると、私は思っていたので、感謝した。我々は、空っぽの猫のかごを蹴らないように注意しながら、二階への狭くて急な階段を登った。空中に浮いたちりが、どこかからやってきて、まだどこかに浮遊した。サタケは痩せていて、足の毛を剃っていたはずだった。私は暇を潰すために声を掛ける。
「棒アイスっておれの家だと言ってた、チューペット」
「あるよね。『棒アイス? 何それ?』みたいな事いわれて」
「マジでそれ。『いやー? 言ってみただけー』みたいな空気にしてから、家、帰って、めっちゃキレる、キレた。マジで」
「『何? 棒アイスって! 騙してたんだな! 許さねえぞ!』反抗期の始まりね」
 部屋に窓は一つしかなく、西に面していた。それを開けると、六畳の部屋に、風が一度だけ入ったが、それは、私にとっては、とても事務的に思えた。細くて背の高い本棚があり、古い本――『チボー家の人々』『どくとるマンボウ漂流記』『ダキア戦記』といった本――が詰め込まれていた。この本棚は、どことなくサタケ本人を思い起こさせた。
 サタケは学習机に腰掛けた。自分がどこにいたのか、私にはもう思い出せない。どうでもいいことだ。開け放された押し入れは、からっぽで、人間らしくないと言うよりはむしろ、遠い昔に、誰も住まなくなってしまったような印象をおれに与えた。
 殻のチューペット容器を、膨らませたりしぼませたりした後で、サタケが喋りだした。
「それと、パンチが必要なわけ。『つかみはオッケー』みたいな」
「さっきから何? どうした?」
「アイエフ」
「マジで、マジでどうした?」
「イマジナリーフレンドの話って」
 話を続けるように、ぼくは促した。まずは名前。そしてつかみ。
「印象的な事を言う?」
「はい。だって、だいたいあるでしょ。『聞いてよ、私の友達ってすごいんだよ、これこれなんだ!』的なやつ。あれを決めるわけ」
 サタケは学習机の引き出しを力任せに開けて、A4の紙を取り出した。それは四つにたたまれていて、何かがびっしりと書き付けてあった。
「それから、出身地を決めるわけ。これ何でもよくて、別に国外でもいいわけ」
 岐阜のことを言っていたのだろう。
「で、その時点で、もう言うってのが大切で、友達とかに、『聞いて聞いて、これこれってやつがおるねんな』みたいな。そうするとあっちが『え、なにそれなにそれ、そんなやつおるん? 詳しく喋ってもらってもええ?』ってなるわけ、関西弁はノリでやっちゃったけど、そんでこう、会話で。男の子とかも決めないでいいわけ、先に。すごくない? これ」
「会話で作ってく。他の人と」
 まさにそれ、とサタケは念を押した。それで、そうやって作ったやつを、と折り畳まれた紙を、ピシピシと弾いた。ここに書くわけ。「その子が作ったのは」と、サタケは空想友達を作れる子について言及した。「井上って名前で、小五でフランスに行ったことがあるって話だった」。それはすごかった。つかみは多分バッチリだった。
「毎日話すと」
「うん。どんどん正確になってくのよ、真面目に。弟がいるんだって。うなぎが嫌いでこんにゃくが好きなんだよ。ディズニーランドに行ったことがなくて、でも外から見る分には楽しいよねみたいなことを言ってた。ハイデガーよりニーチェ派って言ってたとか、まあそういうやつよな。神様が宿る場所よな。それってマジで、こう、信じやすいんだよね。
 それで、ほんとにいるんじゃないか的な、そういうところまで行ったら次で、こう、ものに入れるってのがあるわけ」
 ぼくはTシャツを肌に押し付けた。汗が染み込んでいく。外で、どこかの子どもが、なにかの必殺技を放っていた。我々は、形式的に、一瞬だけ笑った。それ以外の音はなかった。
「ものに入れるって? 頭大丈夫か?」
「真面目に。ペンとかマグカップとか、マジで笑っちゃうけど、そういう人っぽくないものに向かって、『こいつは井上だ』とか思い始めるわけ。『そういや、私ってこの子について話してたんだわ』みたいな。真面目に」
 サタケは学習机の引き出しを、踵で叩いて示した。そこにサタケの それ が潜んでいるということだったのだろう。私はその時点で、立ち去るべきだった。
「それを始めても、ちゃんと そいつ の話は続けるのが大切で、でもちゃんと、『私は今、あれの話をしてるんだ』って思うのが大切って意味なんだよね、今回は」
「性別とかがどうでもいいって最初に言ったのは、このステップで、激烈に効いてくるって理解でいい?」
「イエス」
 それから夕立が降った。草とアスファルトの匂いがした。夕立が降り去ってから、細かい霧が残り、西日を拡散した。誤って歳をとったような気がした。
「そして、半年くらいかな、気がついたら、これ、ほんとに『気がついたら』なんだけど、それが喋ってんのよ。真面目に。『よおひさしぶり、元気? 昨日、裏山登ったけど、カタクリ咲いてたよ』みたいな感じ」
 私はサタケの眼球を見ようとしたが、単に出来なかったと記憶している。サタケは、話し終わってからも、なぜか、おれのことをにやにやと見ていた。「これを教えてくれた子から、その子が作った『井上くん』をもらったことがあるよ。ほんとに喋った」と言った。それはありうべからざることだった。
「なんて?」
「その子はもう引っ越しちゃったんだけど、そのときにくれたんだ。これ、井上くん、って。真面目に笑っちゃうけど、その時、私、真面目に真剣で、『あ、これなんだ』って。実際喋ったしね。ジャンナッツの紅茶缶で、『はじめまして』って言ってきて、『あ、こちらこそ、サタケっていいます』って。ペン立てに使ってたんだけどさ。喋るペン立て。バカっぽい?」
 いや、とおれは答えた。 それってすごいと思う 。おれは本当にそう思っていた。
「まだ生きてるわけ? その、生きてるっていうのは、紅茶缶がって意味だけど」
 サタケは遠くを見た。そこには山があって空があって、もうどうしようもないほどのこの世があった。我々は単に、それを少しだけたわめてみたかっただけだった。
「死んだ」
 私は謝った。
「別に。なんとなく分かっていたことだしね。ある日突然だって。『私、なんで紅茶缶に話しかけているんだろう?』って思ったらおしまい。もう井上くんは、単なるペン入れになっちゃったね」
 私はもう一度謝った。それは義務のように思われた。
「だから別にって。なんとなく予期できることだったし。遠くであの子が死んじゃったんじゃないかな。それがきっかけかもね。なんでもいいけど」
 サタケは学習机から降りると、引き出しを開けた。そして振り返って私のことを見た。
「見たい?」
 ぼくは頷いた。それは確かに、本当に、ジャンナッツの紅茶缶だった。ところどころ、サビが浮いていた。ひんやりとしていた。湿った灰の匂いがした。それは単なるゴミだった。ぼくが「 これ ゴミ じゃん」というと、窓の外、クソ遠くに見える墓地を指して、サタケは、「じゃああれは ?」と言った。もう、我々には話題がほとんど残されていなかった。
 サタケが言うところの友人というものを、直接は見ていないと気がついたのは、まさにその時だった。しかし、あなたもサタケを本当には見ていないだろう?

追記

 これを書いているときに、エホバの証人たちがやってきた。地の創造について、彼らは私に教えた。そして、神の目的がなぜ果たされていないかを、来週伝えるつもりだと言った。最後に、彼らは、私に名前を教えてくれと言った。私は教えなかった。あまりにもたがが緩みすぎていて、このように暮らしていても、我々は何も不思議に思わなくなっている。したがって、私がこの件について、なにか疑問に思うことはない。